大津地方裁判所 昭和42年(行ウ)5号 判決 1967年3月11日
原告
川崎伊平次
被告
滋賀県教育委員会教育長
主文
本件訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一、原告の申立
被告が原告に対し昭和三二年三月三一日付失職通知書をもつてなした免職処分を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、請求の原因
(一) 原告は滋賀県愛知郡稲枝町立稲枝西小学校助教諭の職にあつたものであるが、昭和三二年三月三一日付で次のような内容のものを被告から受取つた。すなわち、
「あなたの取得する小学校助教諭免許状は昭和三二年三月三一日限り、その効力を失い教育職員免許法(以下単に免許法という。)第三条第一項の規定により同日をもつて教員としての資格を喪失し自然退職となつたから通知します。」
(二) しかし、右処分は違法である。
右処分は、臨時免許状を有することを資格として任用されている教員は、その免許状の有効期限が切れた場合は当然に失職するものであるとの判断に基づくものであり、このことは昭和三二年九月五日に開かれた後述の不利益処分審査請求事案の第二回併合公開口頭審理速記録に明らかである。
しかし、助教諭は臨時免許状(助教諭免許状、免許法第四条参照)を有することを資格として任用されている教員ではないことは次に述べるイ、ロのとおりであるから、被告の行為は違法な免職処分であるというほかはない。
イ、元来臨時免許状は免許法第五条第三項の規定により普通免許状を有する者を採用することができない場合に限り授与するもの、すなわち必要に応じて授与するものであつて、何人にも予め授与するものではないから、同条第二項の規定により免許状の授与権者である被告は助教諭でない者に臨時免許状を授与することはない。
ロ、されば助教諭には免許法第三条第一項の規定にかかわらず、当然に且つ例外なく免許状を有しない者を採用するのであつて、このことは被告において熟知しているのであり、さらに次の昭和二九年一二月七日滋教委学第五七四号各地方教育委員会宛通知の記載に見られるとおりである。「新法によれば臨時免許状を有しないで勤務した場合は上級免許状授与の検定の際、その期間は勤務年数に通算されず、またその期間に取得した単位も認められないから、新採用者又は未出願者は県教育委員会学校教育課に申し出て新法により申請の手続をとること。」
(三) 原告は前記免職処分に対し訴外滋賀県人事委員会に昭和三二年五月二四日不利益処分審査請求をしたが、右訴外人事委員会は昭和三三年一月二五日の第五回公開口頭審理を最後に審理せず、爾来九年五ヶ月を経過した昭和四二年六月二四日いきなり原告の審査請求を棄却する旨の同年同月一九日付決定書を原告に送達してきたので本訴に及ぶ次第である。
三、被告の申立
(一) 本案前の申立
主文と同旨
(二) 本案前の抗弁
原告請求の処分取消の対象となる免職処分が存在しないことは、後述のとおりであるが、本件訴訟は昭和四二年一二月二二日提起されていて、かりに被告のなした失職通知を処分であるとしても、当該通知は昭和三二年三月三一日になされて既に一〇年を経過しており、また訴外滋賀県人事委員会のなした不利益処分審査請求事案(昭和三二年不第三号)に対する決定書が原告に送達されたのは昭和四二年六月二四日であるから、行政事件訴訟法第一四条第一項に規定する出訴期間を徒過しているので不適法である。
(三) 本案に対する申立
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
(四) 請求の原因に対する答弁
請求の原因中(一)は認める。(二)については免許法第三条第一項に「教育職員は各相当の免許状を有する者でなければならない」と規定しており、助教諭といえどもこの例外でないことは同法第二条の規定によつて明らかであるが、免許状を有することが教職員の資格要件でありこの要件を欠くに至つた場合には当然その職を失うものであることは最高裁判所の判示するところである。(最高裁昭和三九・三・三判決昭和三八年(行)第四四五号)
なお被告が原告に対してなした失職通知は免許状の有効期間の満了によつて教員の資格を喪失し自然退職となつた事実を告知したもので免職処分は存在しない。
理由
(原告の訴の適否について)
行政事事件訴訟法に規定する抗告訴訟の対象となる行政処分というのは、行政庁が公権力の発動としてなす行為であつて国民の権利義務に直接関係のあるものと解すべきところ、被告が昭和三二年三月三一日付書面で原告に対してなした通知は、原告の有していた小学校助教諭免許状が昭和三二年三月三一日を以つて有効期間が切れ、従つて教育職員としての資格を喪失したから通知するというものであることは原告の主張自体に徴し明らかである。そして教育職員が免許状を有することはその資格要件であり、この要件を欠くに自つた場合は当然失職するものと解するのが相当であるから(最高裁昭三九・三・三判決)原告の失職の効果は法律上当然生ずるのであつて被告のなした前記通知によつて生ずるものではない。したがつて、かかる通知は単に失職の事実を通知したものに過ぎないのであつて、これをもつて原告の職を免ずる行政処分が為されたものということができないし、もとより抗告訴訟の対象として争うことは許されないことはいうまでもない。そうすれば爾余の点について判断するまでもなく原告の本件訴は却下を免れないが、なお仮に前記失職通知を行政方の処分であるとしても、次に述べるような出訴期間不遵守の違法があるからこの点においても本件訴は却下を免れない。
行政事件訴訟法第一四条一項によれば、取消訴訟は処分または裁決のあつたことを知つた日から三箇月以内に提起しなければならないところ、本件記録によれば、原告はおそくとも昭和三二年四月中に前記失職通知書を受領し、その処分があつたことを知つたものと認めることができ、さらに原告の本件訴は昭和四二年一二月二二日提起されたことが認められるから、本件訴は三箇月の出訴期間を徒過していること明らかである。
また原告が前記失職通知に対し訴外滋賀県人事委員会に為した審査請求につき右訴外滋賀県人事委員会のなした裁決のあつたことを知つたのは昭和四二年六月一九日であることは原告の自陳するところであり、本件出訴は右の日からも三箇月以上経過しているから同条第四項の規定の適用もない。
さらに行政事件訴訟特例法第五条第一項によれば処分のあつたことを知つた日から六箇月以内に訴を提起しなければならないのであつて、行政事件訴訟法施行当時右期間は既に経過していることが明らかであるから、行政事件訴訟法附則第七条第一項の適用もないものといわねばならない。
そうすればいずれの理由をもつてしても原告の本件訴は不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。